風をあつめて

蛭澤家のセカンドライフ日記です。

『月曜日が嫌いな私の好きなこと』 ほうじ茶

本_20260607

「最近の若いもんは、、、、」

大人しくて気の小さい僕でもたまに

心の中でそう呟くことがある。

 

若い人が漢字を知らなかったり、

敬語が間違っていたり、

言葉の言い回しがヘンだったりした時。

 

そう、僕がそう思うのは主に国語なのだ。

国語は生涯学習。

生きていればどんどんスキルが向上する科目。

だから、国語力の熟達した高齢者が

未熟な国語力の若者を情けなく思うのは

当然の成り行きなのだ。

 

しかしである。

それだけでカタがつくのか???

漫画の隆盛と小説の発行部数の減少。

国語力は衰えつつあるのではないか。

そこにもってきて近年の生成AIの登場。

もはや、文章はAIに書いてもらうものになってしまった。

時代の流れは誰にも止められない。

徒歩で旅行していた江戸時代の町民より

現代人の我々の足腰が弱ってきているように、

未来人の国語力は相当に

貧弱になっているに違いない。

 

とまあ、なんでこんなことを

つらつら書いているのかというと、

この「ほうじ茶」さんの国語力、

文章の上手さに感心させられたのである。

若い人の中にもこんなに文章の上手い人がいるんだ

と嬉しくなった。

 

 

ここには20代後半ではないかと推察する若い女性が

日々感じたことが徒然なるままに書かれていて、

それが実に共感を呼ぶ内容なのだ。

いい年したお爺さんが若い女性と共感だなんて

キモチワルイ

と思われるかもしれないが、

我々にはユング心理学が唱えるところの

「アニマ」「アニムス」がある。

男性の心の中にある女性的な心がアニマで、

女性の中にある男性的な心がアニムスである。

このアニマ、アニムスにより我々は

異性の心も理解できるように出来ているのだ。

 

だから、お爺さんの僕が若い女性の書いた

エッセイに感心しても何もおかしくない。

 

そこにはほうじ茶さんの

思ったこと感じたことを楽しく説明する

素敵な国語力があったのだから。